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第一話「恋のプロローグ」
「待ってよ、ルカ」
「めいこは歩くの遅いのよ。そんなんじゃ、海外なんて旅行したら、引ったくりに遭うわよ」
「……海外なんて行かないもん」
いつも海外でのことを引き合いに出すルカ(巡音ルカ)は、生まれてからずっと小学校六年までずっと海外で育ってきた、いわゆる帰国子女。
その一方で私、里宮めいこはパパこそ海外生活が長いサラリーマンではあるけど、ママも私もずっと日本にいる。
物心ついた時からそうなので、まるで母子家庭のような状況なんだけど。
……って、ママがいつもぼやいてるから単なる受け売り? みたいなもの。
まあ、パパは年に一回帰ってくればいい方なんだけどね。もう慣れちゃった。
「いつ行くことになるかわからないでしょ? そうやって何でもかんでも否定しないほうが……」
「むぅ、私の言うこといつも否定してるのはルカの方じゃない」
「最近素直じゃなくなってきたわね。反抗期?」
普通なら、ルカの物言いって言うのは神経を逆撫でしかねないだろうと思う。
でも、私には分かってるんだ。ルカのそれは、心をオープンにしてる証拠だって。だからたまにカチンとくることはあっても、怒らない。
ただ言い返しはするけどね。
「反抗期ならわざわざ受験に付き合ったりしないよ。だってもう行きたいとこ受かってるのに」
「ああ、あの制服の可愛い私立ね。めいこには確かに似合うけど……でも。何も制服で決めることないんじゃないかと思うわ」
「学校のレベルも悪くないよ? そりゃここみたいな公立に比べたら学費はかかるけどさ……パパもママも別にそれは気にすることないって言ってたし」
ルカがなぜそこまで、この学校、あすかが丘高校にこだわっているのか。その理由は後日明らかになるんだけど……今はまだ私には分かるはずもなかった。
「あれ? ルカ……どこ?」
ヤバイ。午前中のテストが終わってから一緒にご飯食べようって約束してたのに、トイレが長蛇の列だったもんだから約束したはずの場所でルカを見失っちゃった。
そういう時じっとしてなさいってルカによく言われてたけど、私はつい受験生の人ごみを避けてどんどん歩いて行った。
季節は二月。なんとなく風に香る梅に釣られて、気づいたら私は紅梅の林の中へ迷い込んでいた。
遠い昔、パパとママと私で梅の花見に来たことがあったなあってふっと思い出す。
あのころはパパのおひざで、よくふざけてたな。ママがヤキモチ焼くくらい、パパが私に甘くって。
でも今は、毎月のお小遣いが銀行口座に振り込まれてきたり、誕生日にブランド物のお財布やバッグが送られてくるくらいで……あのころみたいなパパの『温もり』を感じられない状態が続いてる。
ママがため息こぼしたくなる気持ちもわかるよ。
「ん?」
どうしたんだろう。私みたいに迷ったのか、数十メートル先に受験生の一人と思しき青い髪の男の子が立っていた。
その目の前には、他のものより更に大きい梅の木があって……それを見上げながら何を考えているのかその男の子は私の持っているのと同じ色の受験票をくしゃっと潰す様に握り締めていた。
私と同じように、ここを受けに来たのは本意じゃないんだろうか。
なんだか胸が痛い。そんな顔しないでって言いたくなるような遠くからなのにはっきり分かるその、少し苦い表情。
『どうしたの?』とか『何があったの?』とか思わず声をかけたくなる。そんな雰囲気。
でも、どうしてなんだろう。それはしちゃいけない気がして、私はそっと踵を返していた。
すごく、すごく気になるのに! いつもなら私、空気なんて読まないのに。
ただ、願わくばもう一度会えますようにと……そう願をかけるしかなかったの。
「めいこ! どこ行ってたの」
「あうー、ごめん! ちょっと迷っちゃって」
元の場所に戻ったら何故かそこにルカがいて……で、やっぱり怒られた。
でも、約束の場所にいなかったのルカのほうじゃないの……。
「ほら、早くお弁当食べなきゃ休憩終わっちゃうでしょ」
「わ、わかってるよ……あ、飲み物」
「これあげるわ。私、他の人に貰ったから」
貰った? 他の同級生なのかな。でも、ルカってそんなに誰からでも物を貰うような、そしてそれを素直に受け取るタイプじゃないんだけど。
でも、ルカが自分の分だと言って持ってるそれはちょっと名の知れた紅茶のメーカーのもので(外国の)ここら辺じゃあまり売ってない感じの商品だった。
「あ、ありがとう」
そして会話もそこそこに、私たちは恥ずかしいけど玄関の階段に座り込んで昼食を摂り始めた。
もっとも、ただ食べるだけじゃない。一応受けに来たのだからちゃんと勉強もするんだ。単語カードを膝に乗せて、繰りながら……。
「plum……」
単語カードの中には、文法に混ざって単語も入ってるんだけど……思わぬ単語の出現に、さっきの光景が一気に蘇って来た。
うは、ヤダナア。顔が熱い。どうしちゃったんだろう。
「……めいこ? どうしたの? 何ニヤニヤ笑ってるの」
「へふっ?」
ルカの問いかけに、変な声を出して聞き返してしまった。
「春の陽気にあてられた?」
「え、あ……そういうんじゃ、ないけど」
ないけど、でも……。ここへくるまであれほど硬かった決意が氷解していくのを感じていた。
「ないけど、何?」
「私……受かったらここ、あすかが丘に通おうかなあ、って」
ルカがまん丸な目を更に丸くするのが分かった。
「ほんとに? それホントなの? めいこ」
どうしてそこまでルカが私に迫るのか、私がここを選ぶかもしれないことに固執するのか分からないけど。
そしてその理由は言えないんだけど。
「受かればね。受かれば……」
「ああ! 今年はいい春になりそう!」
ルカが珍しく本気でうれしそうに感情を丸出しにして叫んだ。
それを見て、私もなんだかうれしくなる。
「ホント、そうなるといいね。いい春……迎えたいね」
落ちる可能性は、自分の学力面と午前中のテストの手応えからして二割か三割くらい。
午後のテストは、気を抜かなければ大丈夫だろう。
「それにしてもどういう風の吹き回しなの? めいこ」
「ふふ。さあ? 春一番かもね」
本気になったら、どんな意地悪な神様だって私の邪魔は出来ないよ。
必ず再会してみせる! 今度はきっと、満開の桜の木の下で……。
to be continued....
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文:薪原あすみ
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