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Story Character Prologue Discography

序章「ハルモニア」

 拝啓。お父さん、お母さん……めいこ、実は好きな人が出来ました。そしてなんと、この度その人とお付き合いすることになっちゃったんです。
 すごいでしょ。これは初恋なんだよ? 私はそれを一年かかったけど叶えることが出来たんだよ。今、最高に幸せです。
「めいこ、何書いてるの?」
「る、ルカ……。なんでもないよう」
「なんでもないわけないでしょ。薄い青の便箋なんてエアメールのそれに決まってるじゃない。パパとママにご報告するんだ?」
 私は額から汗を噴出させながら、小学生のように机の上の便箋を隠した。
「な、なんで?」
 まさか見たの? って聞こうとしたら、ルカはニヤニヤしながら手を伸ばしてきた。
「だ、だめ! 駄目だってば、ルカ」
 やばい、ルカに恥ずかしい手紙見られちゃう! って思ってたら一限目の予鈴が鳴った。
 あああああああああああああああ、助かった。もうホント、ルカだって私よりずっと早くからリア充してるんだから放って置いてよう。

 その日の授業がすべて終わって、寮に戻る前……私は学校敷地内のポストに朝書いていた手紙を投函した。
 便箋も切手も、実は昨日のうちに全部用意しておいたんだよね。
「あ、里宮さん」
 私を呼び止めるのは、やっぱり授業が終わってから寮に向かっていたと思われるカイトさん。
 誰あろう、私の大好きな人は彼なの。
「カイトさん、そのまま寮に戻るの?」
「うん、そのつもりだけど」
「良かったら、ちょっと……近くまで歩かない?」
 私は大胆に、短距離デートの誘いをかけた。カイトさんは一瞬驚いたように目を瞬いたけどすぐに笑顔になって、そして頷きを返してくれた。
 初デートは先週の週末だったんだけど、楽しかったなあ。二人でカラオケなんて初めてだったから。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
 ぱらぱらと下校する生徒もいたけど、もうすでに卒業生はいない。校門に向かって歩き出せば、まだつぼみの固い桜がうっすらとピンクに染まった枝先にいくつも咲いていた。
「あ、かばんを部屋に置いてくればよかったかな」
 今更気付いてつぶやいた私に、カイトさんがぷぷっと笑いをこぼす。
「なによう」
「いや、この帰宅生の中を手ぶらで行くのは目立つし……ね」
 まあそれはそうなんだけど、私はちょっとムクレてしまった。
「むう」
「ああ、そうだ。どうせならメープルまで行かないかい? 兄さんに返さなきゃならないものがあったのを忘れてたんだ。かばんの中に入れたままで……」
 メープルって言うのはカイトさんのお兄さん・和人さんと私の従姉である伊豆子姉の夫妻が経営する喫茶店兼スタジオ『スタジオ・メープル』のこと。
「あ、うん。いいよ? 距離的にもちょうどいいよね」
「ついでに少しお茶していこう。なんか美味しいコーヒーが入ったとか言ってたし」
 喫茶店デートは正直嬉しい。でも、伊豆子姉にあとで激しくからかわれそうで恥ずかしい。
 それに確か、この時間帯ってそろそろ和人さんがお店に入るころじゃないかな。
 でも、この美味しい機会を逃すのはもっともったいない。私は恥じらいなんてものは日暮れの空にふっ飛ばし、カイトさんと並んで再び歩き出した。

「あら、いらっしゃい」
 伊豆子姉がお出迎えしてくれたけど、やっぱりもうカウンターには和人さんもいて……。
「兄さん、借りてたCD、持って来たよ」
「ああ、そこに置いててくれ。何飲む?」
「兄さんの言ってたおすすめのコーヒーがいいな」
 私はカイトさんと並んで、カウンター席に座る。カイトさんは和人さんに言われるまま、かばんから取り出したCDをカウンターの上に置いた。
「んじゃ、昨日入ってきたばっかりの奴を入れるよ」
 ここのお店に来るようになってから、私はそれまでコーヒーの砂糖もミルクも入ってないものなんてとても飲めなかったんだけど、今ではすっかりブラックのままでいけるようになっちゃった。
 『本物』ってやっぱり違うんだなあと実感。
「何かケーキでも食べる? めいこちゃん、カイト君」
「え、ホント? いいの? 伊豆子姉」
「あ、すみません。いただきます」
 伊豆子姉のセレクトで出されたのは、なんだかとっても懐かしいホワイトチョコがけのレモンケーキだった。
「あ、これチョコまでレモンの味がする」
「本当だ。香料とか酸味料じゃないのか」
「ホワイトチョコにはレモンピールを入れてあるし、あとレモン果汁の乾燥粉末とかもね」
 和人さんお勧めのコーヒーは苦味があるので、このレモンケーキの甘さと酸味がすごく合っていた。
 ここに来て、本当に良かったと思った。
「そういえばこの前、がくぽ君とルカちゃんもここに来たわ」
 すっかりデートコースになってるのね。そう言えば最近、ルカって以前ほど私に絡まなくなってきたなあ。今朝のことはいつものような感じだったけど。
「そっか、最近四人でつるむことは少なくなったなあとは思ってたけど」
「やっぱり、おまじない効いたのかしらね」
 ちょっと嬉しそうな伊豆子姉の声。
「おまじないって?」
 目を丸くするカイトさん。……ああ、あのこと話してないし何て言えばいいのだろう。
「もう、めいこちゃんはさすがに試したのよね?」
「ぶほッ」
「さ、里宮さん」
 噴いたのがレモンケーキでよかった。コーヒーだったら悲惨なことになってた。制服が。
「試したっていうか……貰ったカップでカイトさんとお茶は飲んだよ?」
「それでどうなったの?」
「ど、ど・ど・どうって……」
 あれはもうすでに親しくなってからのことだし、なんとなくからくりは分かったんだけどなあって言おうとして、私はその後の展開に思い至った。
 そういえば、まともな初デートにつながったじゃない。
「…………」
 私はコーヒーの入ったカップを持ったまま固まってしまった。
「確かに里宮さんが貰ったって言うカップで一緒にお茶は飲みましたけど、それが何かあるんですか?」
 カイトさん……聞かないでよぅ。
「あのブランドのカップには、いつのころからかこんな言い伝えがあってね。
……好きな人と一緒に一対のカップでお茶を飲むと、心が通じ合うんだって」
 うわあ、気まずいじゃないの。なんか意図的にそうしたみたいでさ。(確かにそうしたんだけども!)
「ああ、なるほど……」
「なんかめいこちゃんが石化してるけど、大丈夫?」
 多分大丈夫じゃないです、って言いたいけど言えない。それよりカイトさんがなんか納得した風なのが気になる!
「いい話ですね、それ」
 え? カイトさん?
「でしょ? 実は私も和人をこれで……」
「あれ? 伊豆子を落としたのは俺の方だと思ってたんだけどなあ。だって伊豆子におそろのカップ送ったの俺だし」
「え? 知ってたの、和人」
 伊豆子姉の問いに、大きく頷く和人さん。
「知ってて贈った。伊豆子とは深く繋がりたかったしさ」
 伊豆子姉はその『伝説』を知っていたけど現物を手に入れることがなかなか出来なかった。
 和人さんは知っていたので伊豆子姉にそのカップを贈った。そして自然な成り行きでお互いにそのカップでお茶を飲んだのだ。
「お茶を飲んだ後二度目のデートの約束をした時、俺はもう決めてたんだ。三度目のデートまで漕ぎ着けたらプロポーズしようって」
 和人さんの告白に、伊豆子姉は涙ぐんでいた。
「和人……」
 私まで泣きそうになる。
「結婚してもう一年以上経つし今更だけど、でも言っとくけどさ。伊豆子にはカイトのことで何かと相談してたから、そりゃ結婚すれば成人扱いって言うのは聞いていいなと思ったけど……それだけじゃないんだからな? こんな女性には、もう多分出会えないって思ったから、だからプロポーズしたんだ」
「兄さん……」
「ちょ……ちょっと俺奥で豆炒って来る」
 言うだけ言うと、和人さんは顔を真っ赤にして奥に引っ込んでしまった。
「私……自分がうまく行ったからって、嬉しかったけどなんとなく後ろめたかったの。だから、めいこちゃんにも押し付けるみたいにしちゃって」
 伊豆子姉が、ぽろぽろと涙をこぼしながらそんなことを打ち明けた。
「俺、兄さんのあんな顔久しぶりに見た気がする……昔から仲はいいほうだったけど、兄さんはちょっと意地っ張りなところもあって、父さんのことでケンカみたいになったこともあったな。本当に今思えば、くだらない理由なんだけどね」
 カイトさんも、泣きそうな顔で笑いながらそんなことを教えてくれた。
「そうなの……和人さん、かっこつけなところがあるなあって思ってたけど、意外と熱いのね」
「ええ、熱いわよ。だから、そんなところに惚れたの」
 そういえば、私は伊豆子姉と和人さんの詳しい経緯を知らない。
「ねえ、伊豆子姉。和人さんとどういうことで知り合ったの? 教えて?」
「……それはね」
 伊豆子姉は涙を新しいダスターで拭きながら、私の問いかけに口を開いた。

to be continued....

文:薪原あすみ
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